◆頂いたご意見等にお答えするコーナーです。但し、単なる冷やかし、誹謗中傷等にはお答えいたしかねます。
ご質問へのお答え(NO.0901)
東京都の匿名の方より頂いた御質問です。御本人の御了解を頂いたうえで匿名にて掲載させて頂きます。
(ご質問)
送出された満蒙開拓団の数について、32万人とか27万人とかの文献がありますが、それぞれの数の根拠は何なのでしょうか。わかりましたらお教えください。
(ご質問へのお答え) 質問者への回答日 2009.2.28
「満蒙開拓平和記念館」事業準備会の事務局長の寺沢秀文です。当方においてわかる範囲にて回答させて頂きます。
ご質問の満蒙開拓団(満州開拓団)の送出数ですが、満蒙開拓団(満州開拓団)関係の準公式記録としては最も信頼性の高い資料の一つである「満州開拓史」(末尾※1)においては、送出数を27万人としており、また「長野県満州開拓史」」(末尾※2)においてもこれに準拠しています。
満蒙開拓団の送出数については、敗戦前後の混乱等もあり、また統計数値等も絶対的なものが無いようであり、なかなか正確な数値の把握は困難であったようです。そのような中で、開拓団送出数に関する調査資料として最も信憑性が高い資料とされているのは、昭和25年10月に作成された「開拓団・義勇隊在籍調査表」に基づいて作成された統計資料であり、それによれば在籍総数は241,160人となっています。この調査は、外務省管理局引揚課が各府県に様式を示し、各県当局と開拓民自興会各県支部の協力の下、「開拓団・義勇隊関係名簿作成要領」に基づいて作成されたもので、昭和20年8月9日日ソ開戦時から昭和21年12月25日葫蘆(ころ)島経由計画遺送終了までに至る下記の区分による在籍者名簿を作成したものでした。
①.開拓団員 |
213,666 人 |
(うち帰還者126,267人) |
②.義勇隊員 |
23,518 人 |
( 同 16,766人) |
③.報国農場隊員等 |
4,976 人 |
( 同 3,297人) |
計 |
241,160 人 |
( 同 146,330人) |
しかしながら、上記の調査においては、敗戦後の混乱等もあって約1割の調査未了の開拓団があったとのことであり、その後の全国開拓自興会の追加調査結果等を加え、同開拓自興会においては昭和31年末時点における最終数(終戦時在籍数)を下記の通りとしており、これが一般的に使用されている数値となっている模様です。
①.開拓団員 |
928団 |
242,300 人 |
②.義勇隊 |
102団 |
22,800 人 |
③.報国農場隊員等 |
74団 |
4,900 人 |
計 |
1104団 |
270,000 人 |
また、もう一方の32万人という数字ですが、これについては継続調査中です。たぶんは実際の送出数そのものでは無く、送出計画に基づいて準備段階であり、実際には現地に渡満しなかった開拓団関係者等を含めてのものではないかと思われます。この32万人という数字の根拠等については継続して調査してみますので、いま少しのお時間を頂きたいと思います。
※1.「満州開拓史」は社団法人全国開拓自興会(満州開拓関係の全国組織であったが現在は解散して存在せず)が中心(監修)となって昭和41年4月に発行された907頁に及ぶ権威ある開拓史とされている。
※2.「長野県満州開拓史」は長野県開拓自興会(全国で最も多くの満蒙開拓団等を送出した長野県内よりの満州開拓関係者の組織であり現在も活動を継続)が昭和59年3月に発行した3分冊よりなる開拓史であり、各県別の開拓史の中でも最も信頼性ある開拓史の一つとされている。
